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カラダと心は連動していることを痛感

2019.12.03 | Category: 未分類

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

カラダが壊れると、心も破壊される話をしていきたいと思います。

 

カラダが動かない

9月にサンフランシスコへ研修に行ってきました。2泊4日。

 

初の自力での海外。

 

研修前日は寝れませんでした。緊張しすぎて。

 

まぁそんなことは置いといて。

 

研修の2週間ちょい前くらいから咳が出てました。熱はないけど。

 

風邪薬をのんだけれども効かず。

 

寝るときは咳が日中よりも余計にでてしまい、なかなか熟睡できません。

 

咳止め大量に持参して研修の旅

 

飛行機片道10時間。

 

両サイドは見知らぬ外人。ずっと黙って映画観てました。

 

研修先で仲間に迷惑はかけられないので、咳止めを大量に持っていきました。

 

あれ?咳がでないぞ

サンフランシスコに着いてからは、咳き込んで止まらないという日がなくて。

 

でも念の為、咳止めを服用してマスクして夜は寝てました。

 

あれ?治ったのか??

 

帰国してから立ち上がれない、、、

異国の地での研修が終わり、無事帰国して明日から患者さん入るぞー!と意気込んだのですが、、、。

 

朝はカラダが起き上がれない。

 

昼もなかなか起き上がれない。

 

夜になると熱がどんどん上がってきていることに気づきだします。

 

見ないフリしてマスクして患者さん入ります。

 

帰国して2日終わりがけ

マスクしながら患者さんとお話ししながら整体していると、二酸化炭素充満している中で施術しているので、

 

ぶっ倒れる。という失態がありました。

 

熱は39度付近をウロウロしながら。

 

患者さんから、「先生具合悪そう」と何人にも言われてました。

 

もうこうなるとカラダが停止状態。

 

動こう。動かなきゃ。

 

そう思っているのに、ちっとも動けなくなりました。

 

カラダ治すことに必死

咳を早く治さなきゃ

 

熱を下げなきゃ

 

体力戻さなきゃ

 

ずっとカラダを治すことに必死になってました。

 

なっかなか良くならない。

 

熱も下がらないし、咳はで続けるし、咳き込みすぎて背中は痛いし。

 

寝っぱなしで腰も痛いし。

 

食欲だけは変わらない

唯一救い?だったのは食欲だけは変わらなかった。

 

ってことだけ。

 

食べて動かないから全くちっとも痩せませんでしたけど。

心がみだれて行っていることに気づき始める

少しずつですがカラダの調子が良くなっていっているのに、

 

なぜか心が抜け殻になっていることに気づき始めたんです。

 

・あれ?私何がしたかったんだっけ??

 

言葉にすることが難しいのですが、お風呂の湯船の栓が外れてしまったみたいに。

 

・このままでいいのか??

 

わからぬまま。

ちょっと休みましょ

長年きてる患者さんたちから、

 

「先生、ちょっと休みませんか?ずっと開けてくれてたからさ」

「先生も休まなあかんで。」

「先生倒れたらどえらい困る患者さんいたやろう、だからもうちょい休み増やそうや」

 

なんて言ってもらえて。

 

申し訳ない。

 

自分の身は自分でしか守れない

まだまだ元気だと思ってました。

 

休みなんかなくても全然平気って思っていました。

 

私の休みよりも患者さんたちのカラダの痛みの方がツライってほんまに思っていました。

 

でも、私は無敵ではなかったようで、普通の人間だったみたいです。

 

私のカラダはブラック企業

部活のある子が練習試合とかの場合、朝6時から整体してました。

 

夜遅くなる患者さんの時は、夜中2時までやっていることは頻繁でした。

 

ゴールデンウィーク、お盆、お正月はほとんど休みにしたことありません。

 

休みの日は、必ず大阪か東京などでの講習やセミナーに行ってました。

 

自分を過信していたんですね。

 

もうこれ、ブラック企業ですよ。

 

ブラック企業を5年も続けてたらそりゃ復活できませんね。

大きく整体日時を変えました。

今来られている患者さんたちの来ている曜日、時間をみて、違う曜日や時間に変更できるかアンケートをとると、

 

意外に快諾してくれる方が多くて驚きました。

 

もっと早くにこうするべきだったんですね。

まだホームページ変更はできていません

月曜日:定休日

火曜日:9:00〜11:30

水曜日:9:00〜11:30、17:00〜21:00

木曜日:定休日

金曜日:9:00〜11:30

土曜日:9:00〜15:00、17:00〜23:00

日曜日:8:00〜17:00

 

上記に変更しました。

他の日何すんねん???

今来られている患者さんにこれを伝えた時に聞かれました。

 

「平日の昼からとかはどうするの??」

 

レッスンします。

 

整体以外でも結構やれることがあることがわかったので、整体以外のことをレッスンしていきます。

 

例えば実際の例でいくと、

・販売員のお仕事をされている方が、どうやったらもっと販売を上手にできるのか?

 

とか

・今から起業するけどどうしたらいいのか??

 

とか

・上司との人間関係がうまくできなくて困っている

 

とか

・立ち上げて初めての全体会議をすることになったけど、議事録ってどう書けばいい??

 

とかですね。

 

私ができることをお伝えすると、一緒にレッスンを受けたい方を連れて来てくださったりして。

 

整体のない時間はレッスンとして時間を設けています。

 

もしご興味があれば、尋ねてください。

 

何ができるのかを。

 

やっぱり本当に困っている人をサポートしたいということには変わりありません。

腰痛持ちでお尻が痛かったのに登山を楽しめた女性

2019.09.16 | Category: 根本治療,肩こり,腰痛,頭痛,首の痛み

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

平日は事務職で座っていることが多く、腰が痛くて、足も痛みがあって、肩こりも首こりもあった51歳の女性Kさん。

 

動き回ることが好きだったけど、痛みが出てから動くことが億劫でしたが、痛みから解放され今では山登りにチャレンジしています。

座りっぱなしで動きはちょろっと

事務作業が多いので、座って書類を作成したり、パソコン入力作業を朝から夕方までしています。

 

たまに営業の方とお話をする際に立つくらいで、基本的に座りっぱなしのことが多いそうです。

 

座りっぱなしで、たまに立ち上がることがめんどくさく感じていたとのことでした。

イスが悪いのか??

何年も腰掛けているイス。

 

これが悪くなってきたのか?腰が痛いなぁ。

 

おしりも痛くなって、足も痛い。

 

このイスのせいなのか??

ラジオ体操はしていますよ

Kさんの職場では、毎朝「ラジオ体操」をしているそうです。

 

だからKさん自身、ちゃんとラジオ体操できているという自負がありました。

あれもしたいこれもしたい

平日はがっつり仕事なので、お休みの日は習い事や趣味に出かけたり、買い物に行ったり、あっちこっち行くことが大好きでした。

 

しかし、

 

カラダが痛くなってからは、出かけることが億劫になって趣味からも遠ざかっていました。

 

本当はこんなはずじゃなかったのに。

もう年やからしゃーないんかな

もう50も超えたし、これが普通なんかな・・・。

 

何度も自分を説得しようとしましたが、テレビをみて「やっぱり行きたいなぁ」って思うことばかりだったんです。

 

食べ歩きとか、〇〇展とか、趣味とか・・・。

やっぱり変えたい

そして、グーグルで検索して当院にたどり着いたそうです。

 

「うーわ、値段たかっ。どうしよ。。。」

 

そう思って何度も開けたり閉じたりしたそうです。

 

「でも、やっぱり自分を変えたい」

 

っていうことで意を決してきてくれました。

姿勢はいいって言われます

当院の治療方針を説明させてもらってから、施術を始めるわけですが、

 

Kさんは自分の姿勢がいいと思っていました。周りの友達からも「姿勢いいね」って言われるし。

 

ですが、「本当の姿勢の位置」をお知らせすると、

 

「えームリ、これキープするのしんどいです!」って言ってました。

結構多い、“自称姿勢がいい”

Kさんだけでなく、何名も当院で診させていただいていますが、

 

自称:姿勢がいい っていう人、まぁまぁいるんですよ。

 

だから指摘するとショックなんですよね。

ラジオ体操しんどい

会社で毎朝しているラジオ体操もどき。

 

なぜもどきなのか??

 

自分ではラジオ体操しているつもりですが、全くできていないからです。

 

Kさんにもしてもらいました。

 

「んーっと、それはなんですか??笑。どこを伸ばしてますか??」

 

Kさん「え??めっちゃできてるでしょ??」

 

なんて会話があったんですけど、

 

できてません。それ風ですけど。

 

ちゃんとした?ラジオ体操を教えながらやってもらいました。

 

「めっちゃ辛い、しんどいです」

 

今までのは何だったんでしょうね??笑

今では山登りに挑戦中

Kさん、別に山登りに興味があったわけではありません。

 

ですが、屋久島に行きたい。っていうところから六甲山を何度も登りだして、、、

 

今では秋田県まで行って山登りに挑戦するらしいです。

 

山登りをしない日は、いろんなとこへ行っていろんなことをしてエンジョイしています。

 

カラダの痛みから解放されると、いろんなことに挑戦できるから楽しいですよね!

70代脊柱管狭窄症でお尻が痛くてやめていたゴルフ復活劇

2019.09.13 | Category: 根本治療,脊柱管狭窄症

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

以前このブログにも登場してくれたTさん、75歳の男性。

 

1つ目の病院でも、2つ目の病院でも脊柱管狭窄症と診断され、歩行や日常生活に支障が出てきてやって来られました。

 

あれから3ヶ月たつ今日、ゴルフに復活できたと喜んで報告されました。

 

27歳から始めたゴルフ

かれこれ約50年前に仕事の先輩に誘われたゴルフ。

 

先輩や取引先の偉いさん達が上手だったため、早く追いつかないといけないと必死で練習したそうです。

 

50年前は、兵庫県の西の方では4件しかゴルフ場がなかったそうで、しかも

 

紹介者同伴でないと回れなかったり、色々な壁があったそうです。

 

今では、兵庫県の西の方でも10倍くらいゴルフ場ができているそうです。

ゴルフのために早起き

ゴルフを早くやりたいがために、いつも6時起きだったのを4時起きに変えたぐらい、ゴルフへの熱がありました。

 

人に誘われることも、自分からゴルフを誘って楽しく勝負することも面白くて好きだったのです。

 

あれ?足が痛いな・・

腰に激痛があったわけではありません。

 

慢性的に腰は痛いというか、違和感はあったそうですが、

 

「年齢的にこんなもんやろ」

 

って言い聞かせていたそうです。

 

それが、足に違和感を感じながら過ごしていて、

 

あいも変わらずゴルフもやっていた。やれていた。

 

ゴルフ中は痛みを感じずに

プレー中は、足の違和感や痛みはさほど感じなかったそうです。

 

だんだん月日がたつにつれて、プレー中も痛みが気になりだして集中力が切れるようになり、

 

コースを歩いて回ることが苦痛でたまらなくなって、

 

ゴルフに行かなくなりました。

日常歩行にも問題が

ご自宅は、少々坂道のあるところに建っているそうです。

 

この坂道を散歩しようと歩こうにも、足が痛くて、しびれて歩けない。

 

自分の足じゃないような感覚でふわついたような感じだったと振り返られています。

もしかして脳梗塞??

言葉が出にくいとか、ろれつが回らないといったことはなかったそうですが、

 

足のしびれや、自分の足じゃないようなふわついている感じから、

 

「脳からきてるのか??脳梗塞か??」

 

と不安になられたようで、

 

脳外科へ行かれました。

「脳はきれいですよ」

医師からなんて告げられるんだろうとヒヤヒヤしたんだそうです。

 

「脳はきれいですよ、脳梗塞も見られないので大丈夫です」

 

ホッと下のもつかの間、じゃあこの足は一体・・・

脊柱管狭窄症でオペはいやだ

冒頭にも、以前にも書いたように、病院へ行き

 

「脊柱管狭窄症」と診断されましたが、なんとか解決法はないのかと、違う病院へ行き、

 

また「脊柱管狭窄症」と診断され、オペを勧められました。

 

どうしても、カラダにメスは入れたくないと。

 

そして紹介で当院にきたわけです。

週2回の3ヶ月

Tさんはまだ現役でお仕事をされていますから、どうしても来れなかった日はありました。

 

がしかし、ほぼ週2回来てくれました。

 

3ヶ月間。

 

最初は、友人が良くなっているのを見て

 

「紹介して!」といったものの、、、

 

自分だけ例外で良くならなかったらどうしようと不安でいました。

施術が終盤に差し掛かった頃

 

「ゴルフ行けるかなぁ」

 

って聞いてこられました。

 

「いいですよー。勝負せんとどのくらい回復してるか見てきてください」

 

Tさん「え?いいの??嬉しいなぁ、日程見て行ってみるわ」

 

嬉しそうでしたよ。本当に。

本日の報告

どこのコースへ行こうか悩んでいたそうです。

 

あと一緒に行ってくれる人と日程を。

 

たまたま自治会でゴルフに行きましょうと誘われ、行かれました。

18ホール回れたよ

私ゴルフしないのでよく知りませんが、18ホールあるらしいです。

 

それを歩いて回れたと。

 

Tさん「いきなりぶっ飛ばしたらあかんと思ったから、2番と3番でいってん」

 

「そうなんですね、よかったじゃないですか!」

 

Tさん「しびれはちょっとあるけど、痛みがないし、腰が良く回るようになってるからまた来週も行ってくるわ!」

 

何年も大好きなゴルフに行けなかったのに、行くことができた。

 

そして18ホール歩いて回ることができた。

 

そしてゴルフができた。

 

この「できた」が重なって、もっとやりたい!ってなっています。

 

前向きに頑張ってくれたTさんには拍手と感謝を送りたいと思います。

 

 

新井明恵って誰?〜就職編〜

2019.09.10 | Category: 自己紹介

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

3編まで続くとは思っていませんでしたが、自己紹介の続きを書いていきたいと思います。

事務職でちんぷんかんぷん

あの大慌ての中で決まった就職。

 

一番最初に勤務した会社は車屋さんでした。

 

しかも、住所もよくわからずに片っ端から電話してかけたので面接に行った頃は、ここはどこ??

 

交野市というところまで行くことになりました。

 

普通科を卒業したので、経理のことをやっていましたが何が何だかさっぱりわかりません。

 

貸方・借方とか勘定項目やら総勘定元帳やら何度説明を受けても全然わかりませんでした。

 

意味はわからないけどとりあえず、パソコン入力をひたすらやった記憶があります。

 

社会は甘くありませんでした。

 

それを痛感した1年目でした。

条件のいいところに行こう

大阪の交野市というところで働いていた頃は、大阪の祖母の家に住んでいました。

 

片道2時間弱。

 

あの頃は今と違ってサービス残業が普通。

 

家を出る時間は6時台、帰宅は22時前後が多かったですね。

 

高校での遅刻やサボりぐせが抜けきれず、1ヶ月に3回は休んでいました。

 

まだまだお子ちゃまな考え方が抜けなくて、

 

“もっといい条件のとこに行こうー”と探し始めました。

 

次に働いたのは、自動販売機設置の飛び込み営業でした。

 

通勤時間は20分。

 

営業なのに、18時には帰れる。そして土日は完全休日でした。

 

最初の頃は楽しく仕事してました。

 

一人暮らしも始めました。

 

車も買いました。

 

しかし、そこで人間関係の問題に悩まされることになりました。

 

私の弱さです。

 

また簡単に退職をしてしまったのです。

引きこもりにアルバイト三昧

人間関係の問題で、人間と接触することをほとんどしなくなりました。

 

スマホの時代ではありませんでしたが、毎日携帯電話で出前をとって、ほとんど家から出ませんでした。

 

しかし、給料がなくなり・・・

 

家賃の支払いや光熱費・車の任意保険・・・。

 

ただ息をしているだけで出て行くお金がめちゃくちゃ多いことにびっくりしてしまいました。

 

そこでこれはやばいと、アルバイトを3つ掛け持ちしていました。

 

休みはありません。

 

遊びに行くこともありません。

 

働き三昧の21歳でした。

どんだけ働くねん

私は社会を舐めきっていたんですよね。

 

心が腐っているとは私のことなのかなと思うくらいです。

 

アルバイトもなんか色々しましたね。

 

ねじ工場、食品の中継倉庫も何件か、重機の事務、お寿司のチェーン店の製造、試食試飲のバ

イト・ティッシュ配り、イベント、不動産のカウンター営業、引越し屋・・・など

 

もう何していたか忘れたものもあるくらいです。笑

 

そして就職最後が、プリンタの営業です。

 

平日は営業でしたが、土日はたまに販売応援に立っていました。

 

もしかしたら会っていたかも知れませんね。

 

結構目立つ販売員でしたから笑

ギックリ腰、迎えに行かされる

そんな時、自販機の営業時代の同僚から電話が。

 

「びっくり腰になって動けんから迎えに来てー!」

 

車で迎えに行きました。

 

腰を曲げてトボトボ歩く友人。

 

「何にびっくりしてそないになったん??」って本気で私は、びっくり腰と思っていました。

 

「びっくりなんかしてへんわぁ!イッター。接骨院連れて行って」と言われ、

 

「接骨院?どこの??っていうか骨折れてへんのに行くん??」

 

接骨院に行ったことがなかった私はそんな感じでした。

 

ちょうど寒い冬の日でしたから、カラダが冷えて余計痛いんだろうと素人判断をして、

 

コンビニでカイロを買って温めてあげました。

 

最初は気持ちがいいって言ってたんですよ。

 

それが・・・

 

「あかん。なんか余計ジンジン痛くなってきた。やばい気がする」

 

もう頭の中はパニックですよね。

 

なんとか言われた通りの接骨院に辿りつき、肩を貸して歩きました。

冷やさなあかんやん

何やら施術室で喋ってる声が聞こえてきました。

 

「温めたらあかんやん!冷やさなあかんで、こんな時は」

 

衝撃です。

 

「え??冷やすの??寒いやん。ここの先生大丈夫か??」なんて思っていたのです。

あれ?もう歩けるの??

連れて行った時より、足は引きずっていましたがなんか違う。

 

あれ?もうそんな感じで歩けるの??

 

すげー!!

 

人間のカラダを冷やすか温めるかで変わるんや。

 

そう感じた時、

 

「私、柔道整復師ってやつになるわー」って友人に宣言しました。

骨折・脱臼・筋肉・神経

私は柔道整復師は、腰痛とか肩こりを治療する人だと思って入学しました。

 

それが入学して出てくるのは、

 

骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷

 

「え??なんだこれ??」

 

骨・筋肉・神経・内臓、生理学、運動学、、、、、

 

「え??意味がわからん」

 

入学して授業を受けるたびにチンプンカンプンでした。

勉強についていけない

小学4年生くらいから宿題を忘れていませんが、やらなくて。

 

高校生になった時なんて、宿題、予襲復習なんて手をつけたことありません。

 

小テストもできません。

 

提出物も出していません。

 

本当に最悪な学生でした。

 

テストの時は10分間の休み時間が私の勉強時間。

 

いや、丸暗記時間です。覚えれないけど。

 

そんな勉強から逃げていた私が専門学校へ入って、勉強ができるはずもありませんでした。

成績一番最後の仮進級

名前の順は5番でした。

 

専門学校は3年行きますが、1年生の3学期の成績は120人中120番。

 

一番最後でした。

 

試験の赤点ばかりで追試ばかり受けてました。

 

先生に言われました。

「新井、2年に一応上げるけど仮進級やからな。通知簿にも仮って書いてるやろ?」

 

初めて「ヤバイ」と思いました。

 

しかし、どうやっていけばいいのかわかりませんでした。

訓練訓練訓練の日々

2年生にとりあえず上がることができて、

 

「さぁ、気持ち入れ替えて頑張ろう!」そう思ったんです。

 

しかし、

 

1年生の基礎がしっかりできていないから、授業についていけないんです。

 

暗号の会話の授業をされているような。

 

「わからないことがあったら聞いといでやー」って先生はみんなに言ってくれます。

 

“ぜーんぶわからん”って心の声は言ってました。

スパルタの友人

私の席の隣に座っている男の子。

 

いつも偉そうに喋っているのがいやでした。

 

しかし、この人が私を救ってくれることになるなんて思いもしませんでしたが。

 

ちょっと教科書読んだだけで問題が作れて、内容を理解してっていう賢い人でした。

 

授業が終わってから、8時間ずっと勉強しました。

 

毎晩勉強を助けてくれました。

 

私の理解力の低いところから一つずつ課題を出してきました。

 

2年生の期末テストまでは毎度おなじみ追試組にいましたが、基礎をしっかり理解することで

 

3学期には追試はなくなりました。

 

120人中1番になることはできませんでしたが、8版までは追い上げることができました。

 

成績のいい人たちからすると8番なんてと思うかも知れませんが、自分で初めてちゃんとできたことだったから本当に嬉しかったんです。

人はいつからでも変われる

どうしようもない人間でした。

 

迷惑をかける。いい加減。舐めてる。

 

私の過去に出会った人たちは二度と私とは会いたくないと思っている人が多いのではないでしょうか。

 

数名、患者さんとして来てくれていますが笑

 

本当に変わろうとしている時は、苦しいです。キツイ。原因不明の熱も出る。笑

 

けど、それを超えたら見える景色が変わるんです。

 

つらいし、しんどいけど、ほんまに自分を変えたいなら覚悟を決めて臨んだ方がいい。

 

基礎ができてないとステージアップはない

やって来たから言える。

 

ビリビリ実感しているから、はっきり言えます。

 

私は、今まで勉強をする習慣がありませんでした。逃げていたし、やってこなかった。

 

この専門学校の勉強のおかげでわかった。

 

基礎ができてないのに、いろんなやり方をやっても身につかないってこと。

 

例えば患者さんでいうと、筋トレグッズ、腰痛予防グッズなどなど

 

商品の良し悪しというより、自分のカラダの基礎がないのにいろんな物を買ったりしたところで思ったような結果はついてこないですね。

 

早く気づくといいですね。

 

 

新井明恵って誰?〜学生編〜

2019.09.09 | Category: 自己紹介

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

前回の続きで、今回は小学生から高校生までの少しエピソードを話していきます。

運動できない少女

小学生の時は、張り切り少女。

 

特に小学校低学年の時は、男女関係なくサッカーで遊んだり、

 

朝練のバスケットボールに行ってみたり。

 

あ、ルールは全く知りませんでしたけどね。笑

 

ドッヂボールは、、、当たり屋でした。

 

というか、逃げてるんですが、ボールが投げられる方にばかりカラダが勝手にいってしまうんですよね。。

 

大縄跳びは、最初から固定された位置からだと跳べるのですが、回ってる中に走って入るのはできませんでした。

 

もちろん入れたとしても、今度は出ることができませんでした。

 

腹筋もできなくて、なんせ体育は苦手でした。

算数が苦手でがんばろう

座学の方では、算数がとっても苦手で、1年生の1学期の通知簿で引き算が「がんばろう」ついたことを覚えています。

 

そこから算数・数学は全然わかりません。

 

いまだに割合とかできないので、お買い物とか「何パーセント引き」ってのは、なんか安いくらいの感覚でしかいません。

【転機】明石へ転校することに

小学3年生の頃、両親の都合で明石市へ転校してきました。

 

コンビニがない・自動改札機がない・木の電信柱があったり・他多数・・。

 

衝撃でした。

 

通学路を歩いていると、夏はカニが大量に歩いているのをみてさらに衝撃でした。

弟が2人できました

小学4年生の時と6年生の時に弟ができました。

 

弟が欲しいと思っていたので、めちゃくちゃ喜んでいました。

 

私は昔から寝ると起きないので、弟たちが夜泣きしていたかは知りません。笑

バレーボール部に入部

近所の友人に「バレーみにけーへん?」と誘われ、踊るバレエのことと勘違いしてました。

 

「踊らないバレーやで!」って言われましたが、なんのこっちゃと思い、見学に行き、そのまま入部しました笑

 

最初は球拾い・声出しからでした。

 

やったことないことだらけだったので、面白かったですね。

 

3年間バレー部に所属しましたが、あまりうまくありません。

 

ですが、やりきりました。

中学もバレー部

中学生になったらバスケやる!って言っていたのですが、風の噂で「

 

バスケの2つ上の先輩はヤンキーやから怖いらしいで」

 

こんな噂を信じた私は怖くなり、やっぱりバレー部に入部することになりました。

 

結果的に、バスケの2つ上の先輩に可愛がられるなんて思ってもいませんでしたが笑

ついていけなくて苦しい

小学校の時のバレーとは違い、集団行動はあるし、敬語は使わないといけなくなるし、練習時間も、練習内容も、準備も片付けも・・・・

 

敬語は使えなかったのでよく怒られました。

 

集団で声出しながら走るのですが、ついていけずよく離脱して怒られました。

 

練習がきつくなってくると、いい加減にやることが増えたので怒られました。

 

・・・とまぁよく怒られていました。

 

顧問の先生や先輩たちは大変だったと思います、私に色々言わないといけないことが多すぎて。

評議委員・体育委員・修学旅行委員・執行委員

中学生までは、目立つことが好きで。

 

しかもリーダー的なことが大好きで。

 

各学年1回は評議委員(クラス委員)・体育委員になりたくてよく立候補してなっていました。

 

お勉強ができないから、内申点をあげたいという裏もありました。

大反抗期時代の高校生

中学生の時も、少々の反抗はありましたが、

 

高校生の時は凄まじかったと思います・・・。

 

残るブログには書けませんが、相当ひどかったですね。

 

学校遅刻・サボりはよくある話。

 

クラスの中の輪に入っていかない。

 

宿題はしない・提出物は出さない。

 

プリントは渡さない。などなど。

 

この頃は親と喋った記憶はありません。

 

トゲトゲしすぎて誰も寄ってきませんでした。

今振り返ると

なんであんなんだったんだろう??って思いますね笑

 

「成長期」と言ってしまえば、綺麗な言葉で片付きますけど、

 

やっぱりコミュニケーションって大事だなって感じますね。

 

肯定や否定とかではなく、「へぇ、そうなんだ」っていう事実を受け入れてもらえるだけでよかったのかなぁ?

 

って今なら思います。当時はわからなかったけど。

 

就職成功→内定取り消し

高校3年生になってから、進路を決める時、私は「就職」を決めていました。

 

8月くらいに学校からの就職探しで、9月に面接に行き、内定をいただきました。

 

3学期頃から自動車免許の教習所に通い、卒業式まであと1週間となったところで、学校から呼び出し。

 

母と2人で校長室に通されました。

 

校長先生と学年主任・クラス担任・就職内定先の方に囲まれて、

 

「一体なにごと???」

 

要は、内定取消しということで。。。

 

えー!!!って感じで言葉が出ませんでした。

 

私が非行だとかそういうことではなく、就職内定先の経営が1年持ちません。だから他を探してください。ってことでした。

慌てて就職探し

4月から働けるところを見つけて安心していたのが、いきなりこんなことになり就職雑誌を3冊買いました。

 

高校生の私ではわからない情報がたくさんありました。

 

とりあえず最初から見ていきましたが、

・20歳以上

・自動車免許(AT限定不可)

・短大・大卒以上

 

こんな項目がたくさんありました・・・。

 

私は、

・18歳

・自動車免許(AT限定)

・高卒

 

でしたから、とっても慌てました。他になんも資格なかったですしね。

 

とりあえず20歳〜って書いてあっても電話しましたし、

 

大卒以上・AT限定不可のところには片っ端からかけました。

志望動機なんてないわ

何社か受けましたが、まず聞かれることは、

 

「どうして当社を受けられましたか??」の質問です。

 

「んー。。。」答えられませんでした。

 

片っ端からかけているんですなんて言えなかったですしね。笑

 

志望動機なんて考えながら電話していませんでしたから、自分がなんの会社に面接にきているのか、行ったのかすら覚えていません。

 

ですが、なんとか何社目かで受かりました。

 

そんなぐちゃぐちゃな学生時代でした。

 

 

 

新井明恵って誰?〜幼少期〜

2019.09.08 | Category: 自己紹介

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

私のことに興味がある患者さんが多いので、ちょっとだけ自己紹介をします。

生まれは大阪育ちは明石

1984年に大阪で産まれました。2480gだったそうです。

 

産まれたての頃は、眉毛があまり生えていませんでした笑

 

夜泣きをすることもなく、寝てるかミルクを飲んでるかのどちらかで赤ちゃんて育てやすいんやぁと思ったそうです。

 

ハイハイや立つ・歩くのが遅く、大丈夫かな?と不安にもなったようです。

自由人は小さい時から

近所の友達ができて、仲良く遊んでたかと思ったら、かくれんぼをしている最中に寝てしまい、友達やおばあちゃんを困らせていました。

 

探検ごっこが好きで、近所の友達の先導にたっていろんな道を散策して遊んだりしていました。

 

自転車のコマを外すのに日にちや時間がかなりかかった記憶があります。

めんどくさい子

泣くときは叫ぶような感じで大きな声で泣くので、よく口を塞がれました笑

 

阪急百貨店でおもちゃをみていた時に、近くにいた知らない男の子が駄々をこねて泣いて買ってもらっている姿をみて、

 

「私も泣いて大の字に寝転がったら買ってもらえる!」

 

と同じことをしてみたんですが、、、、

 

「じゃぁ知らない、さよなら」

 

と母に言われ置いていかれ、焦り走って追いかけた記憶があります笑

ケンカっ早い一面も

正義感があったのでしょうか、近所の子が年下ばかりってのもあってプライドってやつも出てきていたんでしょうね。

 

なわとびでみんなで遊んでいる時に、同じ公園で遊んでいた5つと6つ上のお姉ちゃんたちに

 

「なわとびかして」

 

と言われ、

 

「今遊んでるからヤダ」

 

って言ったにも関わらず、1本のなわとびを巡る引っ張り合いが始まり、力で負けた時に、

悔しくて

 

「もう帰る」

 

って帰り、家にみんなでなわとびを持ってきてくれたのにも関わらず、投げ捨て

 

「いらんわ、こんなもん」

 

次の日もその次の日も、、、お姉ちゃんたちが謝りにきたり、親御さんが謝りにきても怒っていたのを今でも覚えています。

ドロッドロになって遊ぶ

今では遊び場所が減ってしまいましたが、探検していると田んぼ端っことかを「近道」とか

言って通るんですが、ぬかるんでいるので靴や靴下は泥だらけ。

 

家に帰ると

 

「またあんたは、もう・・・」

 

いつもため息をつくおばあちゃんがいました。

誰にでも声をかける

いつもの公園で遊んでいると軽トラがとまり、タウンワークを回収して新しいタウンワークと交換しているおじちゃんがいたので、

 

「手伝ったるわ」

 

なんて生意気なことを言いながら勝手にお手伝いさせてもらいました。

 

今じゃこんなこと考えられませんね。

好奇心旺盛

見るもの全てが遊びで、なんでもしたくて。

 

木登りしてたら、自分もしてみたくなったり。

 

昆虫触れる子を見ると、自分も捕まえてみたり。

 

なんでも興味をもつ大変な子でした。

幼稚園ではすみっこ暮らし

こんなちゃきちゃきして見える幼少期でしたが、幼稚園ではめちゃくちゃおとなしい子。

 

一人でブロックで遊んだり。

 

あまりみんなの輪に入れなくて、男の子にいじられてすみっこでメソメソしていました。

 

幼稚園の先生が優しくて大好きだったので幼稚園に行っていたものの、基本は幼稚園が好きではありませんでした。

記憶力はよかった

あの頃は、我が家はトランプが流行っていました。

 

ババ抜きはめちゃくちゃ弱い。

 

顔に出るんですよね笑

 

だからすぐ負ける。何度やっても笑

 

神経衰弱は強くていつも勝っていました。

 

絵本も大好きで、昔話は本の書いておることを一語一句見ずに読んで褒められて喜んでいました。

 

だからその頃から記憶力はちょっとだけよかったんです。

幼少期は自由

母も働いていて、いつも帰りは夜でした。

 

おばあちゃん子で、めちゃくちゃ甘やかされて育ったと思います。

 

覚えているエピソードはまだまだありますが、こんな感じで自由人はこの頃から出来上がっているんだと思います。

 

興味があれば会った時に答えますね笑

 

まぁまぁ破天荒な幼少期の新井明恵でした。

 

 

【閲覧注意】当院には必要ないです

2019.09.05 | Category: 初めての方へ,根本治療

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

最近当院に合わない患者さんが増えてきたので、ここらできっちり必要ない方を上げていくことにします。

 

※ちなみにこのブログは、画像を入れません。

なぜそんなことをわざわざ書くのか?

きれいな言い方をすると、

 

お互いの時間と気力がもったいないからです。

 

当院は、誰でもきて欲しいとは思っていません。コンセプトに合わない方が来られると

 

本当にお互いメンタル的にしんどいのでやめましょうね。

 

どんな人が当院には合わないのか?

  • 挨拶ができない人
  • 丁寧な言葉で話すことができない人
  • 自分勝手に何もかも決めてる人
  • 日常生活ができて、ただ行くのがめんどくさいだけ、家まで来いとわけのわからないことを言っている人
  • 上から目線で偉そうな人
  • 連絡ができない人
  • 自分はされたら嫌なことを店だと平気で横柄にできる人

 

難しいこと言ってますか??

大人はもっとできると思っていました

私が子供の頃、大人は「何でもできる」って思っていました。

 

しかし、実際自分が大人になってみて感じたことは、

 

「ずるい」

 

っていうことでした。

 

かくいう私も「腹黒かった、出来損ない人間」でした。

 

だからわからなくもない。

子供ができてる事実

最近学生が増えてきてとても感じるようになりました。

 

「すごいな・・・」

 

何がすごいって、

  • 自分の置かれている状況を良くわかっている
  • 目標のためにしっかり頑張れる
  • 親子の信頼関係ができている
  • 遅れそうになったらちゃんと連絡してくれる
  • こういう状態になりましたという報告LINEを言われた期日に入れてくれる
  • 挨拶はしっかりできる
  • 一人ででも頑張ってくれる
  • ちゃんと見てる
  • ちゃんと聞いている。
  • わからないことをわからないままにしない
  • どんなに忙しくても、遠くても通う

 

こんな子たちに出会い、情けないなってほんまに思いました。

 

大人の私たちは一体何をしてるの??

 

これを当然のごとくやってのける学生さんたちを見て思いました。

子供を見ると親の姿が見えるは本当だった

  • うちでは、こういう教育してます
  • うちではこんな風に子育てしてきました
  • 挨拶は当然だと思っています
  • おとなしい、ちゃんということを聞いてくれますよ

 

こんな話を患者さんから何人も聞いたことあります。

 

実際、患者さんのお子様たちと何度も会ったことも治療したこともあります。

 

しかし、

  • 挨拶できてない、、、けど??
  • おとなしい・・?走り回ってるけど??
  • 言うことちゃんと聞いてくれる・・?全然聞いてないけど??むしろあなたが聞いてますやん。

 

「?????」って思う子供達を何人も見てきました。

 

「あれ?おかしいな・・・」

 

そんな中で、最近来てくれる学生さん限定ですが、本当にすごい子が多いのです。

 

その学生たちの親御さんをみてても、教育ってこう言うことなんだと感心させられっぱなしです。

 

だから、その子たちに悪影響なんですよ。冒頭に書いた人たちが当院に来るってことは。

 

そして私もイライラします。

 

駆け引きみたいに話をするって。ほんまのこと話ができひんのに、私は施術できないですね。

少数派でいい

何度でも書きますが、当院は誰でもみたいとは思っていません。

 

患者さんたちがたくさん来た方が、流行っているように見えますよね。でも私は望んでない。

 

はやるか流行らないかなんてどうでもよくて、ほんまに自分のカラダをどうにかしたいって思っている人しか必要ないんですよ。

 

女性の先生だから・・・

女性の先生だから、優しい。

 

いやいや、私は厳しいですね。

 

治療院を始めた頃くらいまでは、とーっても優しくて、どんな人もウェルカムでした。

 

ところがですね、

 

  • 遅刻はする
  • 連絡はしない
  • 自分勝手
  • お金を払ったんだからと踏ん反り返る
  • 言った課題をやらない
  • 必要とされてるんだから、呼んだら来なよ。みたいな
  • 3回くらいで良くなるやろ?って自分のカラダを知らない人
  • 問診とかいいから早よして
  • 値段が・・・。主人と相談してから・・・

 

バカなんですか?

 

あなたが動けなくなったら誰に迷惑かけるの?

 

自分で回数決めてるなら、自分でやれよ。

 

お金返すから、金輪際関わらないでください。

 

ってことがあったから、どんどん厳しくなった私の出来上がりですね。

 

置き換えたらわかるでしょ?

自分のお子さんやご主人に頼んで返事をしたことをもししていなかったら怒るでしょ?

 

「何でしてくれなかったんよ!」って。

 

「してくれないなら、もう知らない!やらないからね!」って言ってるでしょ。

 

 

で、何で自分はやらないの?言い訳するの?自分の言葉に責任持てないの??

 

キッツイこと言われて、逃げてばっかりで。学習しなよ、本当に。

 

女性の先生で、年下で。

 

明らかに舐めてる人いますよね。ほんまにいらないので。

 

あなたの都合のいい優しい先生の元へ駆け込んでください。お願いします。

それができてる人は、何ら問題ないはず

全部完璧にこなせていることを条件にはしていません。

 

ですが、言われても「うんうん」って頷いてくれている人がいるのも事実。

 

と言うか、これがなんの問題や障害なくできてる人が、当院に来てくれている最高の患者さんなのです。

 

 

世間一般からすると、うざがられたりしているかもしれませんが、当院では最高なんです。

 

何年も定期的に通ってくれているのが、当院の患者さんです。

 

自分のカラダが健康だから何でも楽しめるってわかっているからです。

 

あなたは少数派ですか?多数派ですか?

 

 

 

 

 

 

明石市 69歳脊柱管狭窄症でお尻が痛くて歩けなかった男性

2019.09.04 | Category: 脊柱管狭窄症,腰痛

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

当院に3ヶ月前から来院してくれているKさん、69歳の男性。

 

10年前に「脊柱管狭窄症」と病院で診断され、少し足は痺れたり痛かったりはするもののまだ歩けているから大丈夫と思っていたはずが、、、

 

5年前からどうにも痛すぎて楽しく過ごせいていた日常が手に入らなくなり、どうしたらいいものかと様々な治療を試されてきました。

 

結論からいくと、大好きな囲碁も、趣味から始めた畑も辞めずに今も元気です。

10年前から診断は受けていたが、実感がなかった

10年ちょっと前に腰が痛くなって、お尻が痛いなぁと感じて近くの病院へ行かれました。

 

そこで、「脊柱管狭窄症です」と診断されましたが、

 

その当時は歩くこともできていたし、ちょっと休憩していればなんとなく復活はできたし、旅行にも差し支えなかったので、

 

特に何をするでもなく日々過ごしておられたそうです。

 

それが・・・

 

毎年ご家族で行く旅行に行った時、足が痛すぎてどうにも歩けなくなり、

 

その時は誰にも知られないように冷や汗をかきながらなんとか乗り切ったそうです。

 

しかし、日に日に悪くなる。。

 

みんなと出かけられなくなっていきました。

 

ふくらはぎに走る熱感・冷感・感覚異常

どんどん腰が痛くなっていく時に、特に左のふくらはぎに異常を感じたそうです。

 

触ると特に何も感じませんが、ふくらはぎの中で熱さを感じたそうです。

 

でも奥様に言っても、「別になんもなってないで」と言われ、伝わらなくて辛かったそうです。

 

ふくらはぎの中で、熱さを3ヶ月くらい感じながら過ごしていると、今度は

 

血液が通っていないような冷たい感じに変わっていきました。

 

自分のふくらはぎに起こる異常に恐怖しかなかったとおっしゃられていました。

立っても座っても痛いおしり

ふくらはぎの異常を感じながら、次に出てきたのは、「おしりの痛み」でした。

 

さすっても、立っても座ってても痛くて痛くて、なんでこんなに痛いんだと嘆いたそうです。

 

そこで病院へ駆け込みました。

シップと注射と、オペの宣告と・・・

病院では「脊柱管狭窄症」と改めて診断され、

 

お尻が痛すぎてどうにかしてくれと医師に伝えると、

 

注射を打ってくれたそうですが、打つ針も痛いし、特に痛みの軽減にはつながらずイヤになったそうです。

 

「もうオペしか方法はないですね」

 

簡単に言い放ったように聞こえたKさんは、「オペだけは避けたい」と強く感じていました。

 

オペされた周りのお友達に聞き回ったそうです。

 

  • 良くなったよ
  • オペした半年は調子がよかったけど、やっぱりまた痛くなってきてな・・・
  • あんまりよくわからない

 

こんな意見を聞いて、めちゃくちゃ悩まれたそうです。

接骨院と鍼と整体と、、、

なんとかオペしない方法で乗り切れるものはないかと模索し始めます。

 

あまりにもおしりや足が痛いので、遠方にはいけないということで

 

近くの接骨院で電気治療やマッサージ、ウォーターベッド、温める方法、鍼、整体色々試したそうです。

 

数ヶ月通ったりしたそうですが、イマイチ効果が出ず。。

 

もうオペを本気で考えなあかんのかな・・・と思ってた時!

え??なんであの人スタスタ歩いてんの??

このブログにも何度か登場してくれたNさん。

 

このNさんも脊柱管狭窄症と診断され、オペを嫌がってどうにかしたいと考えていた方です。

 

だんだん腰を90度曲げた状態じゃないと歩けなくなり、さらには杖をついてじゃないとまともに歩けないところまできていました。

 

それをKさんはご近所さんなので、何度も目にしていたそうです。

 

「あー、Nさんもごっつい辛そうやなぁ。俺もあんな風になるんやろうか・・・」

 

そう思っていたそうです。

 

それが、、、

 

会うたびに足元がしっかりしていき、歩く速度も早くなってる、姿勢は起き上がってる、杖はついていない・・・・?!

 

何で???

 

「ついにオペしはったんやろか??」

 

意を決してNさんに聞いたのです。

 

「オペしはったんですか??」

 

Nさん「いや、整体でここまで良くなりましてん。まぁ、足は痺れてますけど痛みが今なくてね、歩きやすいんですわ」

 

だからそのまま、紹介してくれということで、当院に来られたのです。

 

畑辞めなあかんかな??

Kさんは定年退職後、自宅近くに畑を買ったそうで結構楽しく、趣味ではなく本気でやっていたそうです。

 

畑で野菜を栽培していると結構な重労働なことが多いようです。

 

耕耘機も重いし、振動が腰や足に響いてくるので、辛いとおっしゃっていました。

 

「畑辞めなあかんかなぁ?」

 

心配そうに一番初めに聞かれたことを覚えています。

 

「辞めんでいいように頑張りましょね」って私は返しました。

 

施術は痛い

 

私の施術を受けている最中や終わった後は、いつも痛そうでした。

 

15回目を超えた辺りから、カラダに変化を感じるようになりました。

 

あんなに熱かったり、冷たくなったふくらはぎがそんな感覚がなくなった

あんなに痛かったおしりの痛みが半分以下に軽減されてきた

腰の痛みを感じなくなった

休憩はするけど、歩けるようになった

痛みの全くない日ができだした

 

こんな感じで変化していきました。

 

楽しくなってくる

来られた最初は、もう本当にひどかったですね。

 

 

痛いから何をしても嫌がるし、私が変化を感じても、Kさん自体は痛いから変化なんて何も感じてくれませんでしたし。

 

「もう俺は治らんわ」

 

の発言も出る出る。

 

「あーしんど」って私も何度も思いました。

 

しかし、痛みがなくなってくると人って不思議ですね。

 

意欲が勝手に湧いてくるんですよね。

 

そして、何も言ってないのになんか頑張り出すんですよ。嬉しいんですよね。

 

痛みからネガティブ発言もいただきますし、「オニやな」とかたくさんの暴言もいただくこと多いですけど(もう慣れました)

 

良くなってくると、「女神」「天使」「堕天使」とか都合のいいこといっぱい言われますけど、

 

良くなって前向きになってる姿を見るのは本当に楽しいですね。

 

一番忘れて欲しくないのは、

 

「あきらめない」

 

ってことかなって思いますね。

 

学生応援プラン始めました

2019.08.15 | Category: 初めての方へ

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

開業してから多くはありませんでしたが、学生さんが来院されることがありました。

 

当院は明石市内でも施術料金が高いので、通わせたいけど、、、と諦めてるご父兄もいました。

 

今の世の中、スマホやパソコンを開いて調べればすぐに色々な情報が飛び交っています。

 

その中で、学生である子供達も親御さんたちに金銭的負担をかけたくないと思っている子たちがとても多くみられました。

 

この半年間で高校生の患者さんが少しずつですが増えてきました。

 

子供達の悩みも様々

・今やっている部活でカラダを痛めた

・うまくカラダを動かせない

・タイムが上がらない

・集中して授業が受けられない

・もっと自己ベストを伸ばしたい

などなどいろんな気持ちで来られます。

スケジュールがパンパン

私が学生の頃は何も考えずに過ごしてきたため、そんなに向上心もありませんでしたが、

今の子たちは本当にすごいですね。

 

部活の練習量、練習試合、試合、発表会、習い事、塾、学校イベントなど盛りだくさんですね。

 

聞いていても倒れそうだなと思うスケジュールですね。

 

親御さんたちもお子さんたちのスケジュールに合わせられることが多いので、家族で大忙しですね。

カラダはヘトヘト

朝早く、夜は遅い。

こんな生活が続いているのですから、カラダはヘトヘトですね。

 

学生パワーがあるから乗り切れてはいるのでしょうけれど、もうクッタクタなんでしょうね。

 

お風呂の湯船につかるまでにいたらず、シャワーで済ませる子も増えた気がします。

メンタルが弱っていることも

毎日毎日部活などに打ち込んでいると、ふと立ち止まってしまうこともあります。

 

「これでいいんだろうか・・・」

 

誰にもぶつけることができない苦しさに、時には親に反発することもあると思います。

 

意思疎通ができなくてイライラすることも親子であると思います。

技術面は指導できません

先に伝えておきます。

私はスポーツなどの指導はできません。

技術指導はいたしません。

 

お子様たちが、

・今持っている技術をもっと向上できるように

・集中力がつけるカラダになるように

・最高のパフォーマンスができるカラダづくりになるように

施術・指導はさせていただきます。

学生料金のご案内

※ここはしっかりお読みください。

・月に2回以上の施術を受けられる方のみ適用

・自分でもしっかり努力する方

・挨拶がしっかりできる方

・どうなりたいのか目的がはっきりしている方

・報告・連絡・相談ができる方

上記に当てはまる学生さんのみお受けします。

下記の料金は1ヶ月通い放題の料金です。

※当院の予約状況と照合して

●小学生:16,500円

●中学生:19,800円

●高校生〜大学生:22,800円

※月2回未満の方は学生応援プランの適用外です。

野球で肘を痛めた16歳の高校生

2019.07.28 | Category: 肘の痛み,膝痛,身体の歪み

こんにちは!

兵庫明石市、女性の腰痛専門整体院のあすらく治療院、新井明恵(あらいあきえ)です。

 

本日来てくれたのは、高校生になり硬式野球を始めたY君です。

 

高校生活に慣れてきたものの、最近は右肘や左膝の調子が悪いなぁと思っていたそうです。

 

お父さんが昔から野球が大好きでこのまま野球ができなくなってはいけないと感じ、連れてきてくれました。

親子で野球好き

お父様も野球が大好きで、昔はピッチャーをされていたそうです。

 

肩が強かったそうで、当時では少し有名だったそうです。

 

走るのも当時はとても早く、50M走は、5.8というタイムで学校中を圧倒していたそうです。(本人談)

 

中学生は軟式野球だったそうですが、高校生になると硬式に変わりました。

 

肩が強くパワーのあったお父様は、いきなりボールを持って140kmを出して、先生を驚かせてしまったのだとか。

 

しかし、周りにすごいすごいと囃し立てられたお父様は調子に乗ってしまい、練習もいい加減にするようになり先発には出してもらえなかったと言っておられました。

自分の経験を踏まえて

息子さんが野球に興味を出したのが小学生。

投げ方や練習はしっかりやることなど、たくさん指導してきたそうです。

Y君は素直な性格なので、お父様の指導を一生懸命聞いてきたのだと。

投げ方が変わる

Y君は、小学生の時はソフトボール。中学生の時は軟式野球。

 

そして高校生になった今は硬式野球です。

 

野球を知っている方はわかるのですが、

 

ソフトボールの時の投げ方、軟式の投げ方、公式の投げ方、ボールなど全部が違うそうです。

 

高校は自宅からではなく、遠方に行き寮生活を送っているので頻繁に会うこともなく、久々に帰省してきて、

 

2人でキャッチボールをした時に、お父様がY君の異変に気づいたのです。

 

「あ、こいつ肘やるわ」

やっぱりな・・・

キャッチボールを中断して、

 

「お前、その投げ方、肘痛めるぞ」

 

ってY君に言ったそうです。

 

Y君「もう痛いねん。最近特に」

 

父「あかん、お前まだ1年やろ。今ちゃんとしとこ。野球できんくなるぞ。整体いこ。俺が行ってるとこに連れてったろ」

 

ということで連れてこられました。

カラダを一緒に見ると

お父様にY君のカラダの状態を見てもらいながら施術を受けてもらいました。

 

父「お前、ガタガタやないか!」

 

Yくん「え?そうなん?自分ではなんともないで」

 

そんな会話の中、施術してました。

 

くすぐったいとこや、痛いところなど大忙しでしたけど。

 

終わった頃には

「めっちゃ楽や!軽い!」って喜んでました。

父動く

施術が終わってから、今投げている投げ方をしてもらいました。

 

父「あー、お前それ内野投げやな。内野だけやったらそれでええかもしれんけど、それ肘また痛めんぞ。ピッチャーじゃそれはあかんわ」

 

Y君「え?ほなどうするん?」

 

Y君はまだポジションが決まっているわけではなく、外野ではないそうです。

 

お父様曰く、きっと野球の監督は内野か後発のピッチャーでオールマイティに使いたいんじゃないか?とのことでした。

 

側で聞いている私はわかりませんでした笑

カラダの使い方

部活になるとものすごい毎日の練習量です。

 

これは野球に限ったことではありませんが。

 

どんどん上手くなって行きたいと考えているならば、

 

練習もとても大事なことですが、練習前と練習後のケアは本当に必要だと思っています。

 

筋トレも柔軟も必要ですし、食生活ももちろんです。

 

練習している本人は、

 

【どこかが痛いとか違和感がある】

 

までなかなか気づきません。

 

だから本人の意識も大事ですが、大事なご子息のおカラダのことですからしっかり周りで見てあげることも必要なことだと感じました。